第12章
〜極北の光〜
「一生に一度は見ておきたいもの」と言い放ったものが、いくつかある。
10代の私はドイツのノイシュバンシュタイン城を死ぬまでに一度でいいから見たい、と切に願い(意外にも世界は狭く、10代のうちに実現してしまった)、20代の頃はインドのタージ・マハルを訪ねたい、と願った(やっぱり世界は狭く、これも難無く実現)。30代になって願ったものはオーロラで身を浄めることだったが、これもすぐに現実のものとなった。以来、「死ぬまでに」とか「一生に一度は」と言う大袈裟な表現を控えている。今の世の中、そんなに力まなくても願えばどこへでも行けるのである。
オーロラを眺めてみたいという欲望を膨らませたのは、ふと小耳に挟んだ情報だった。
「2000年から2001年にかけて、オーロラは太陽活動の影響を受け、その出現を活発にする。11年に1度のチャンス」私は、今行くしかない、と思った。2000年の冬はもう目前に迫っていた。
目的地は行き慣れたカナダ。バンクーバーからエドモントンへ、エドモントンからイエローナイフへと飛行機を乗り継ぎ、北緯62度の地に降り立った。
羽織っていたダウンジャケットがパリパリと音をたて、スノーシューズが一気に凍った。澄みきった北の風が頬を突き刺す。
ホテルで熱い湯船につかり、翌日に備えた。
極端に日が短いこの地では昼間にできることなど限られている(おまけにオーロラ観測のために夜遅くまで起きているのだから、起床も遅い)。やたらと重い防寒着と防寒ブーツも私の行動を制限した。日暮れまでにしたことと言ったら、野生の動物や鳥を見つけてはしゃいだり、犬ぞりで森林を駆け抜けたり、空から舞い降りる雪の結晶に見とれたりすることもあったが、たいていは人口1万8千人の小さな街をぶらつくぐらいだった。
そして、夜。
待ちに待った夜。
湖に張られたテントでその感動の瞬間を待った。
頭上に広がる漆黒の世界。
こぼれ落ちんばかりのダイヤモンド。
数千、数万光年彼方の夢を宿している。
手を伸ばしたら、きっと届くに違いないオリオン座。
日本で見るそれとは高さがまるで違う。
ああ、私は極北へ来た。
気温がどんどん下がる。-20℃、-30℃、-38℃。
息はその場で凍る。
白い絹の帯が現れた。
そして、それは緑の帯へと変化(へんげ)する。
さらに赤みを増した頃、頭上で弾けた。
オーロラだ!
何を隠そう、私は晴れ女(「霧の摩周湖」を訪れたときですら快晴だった)。だから、絶対にオーロラと巡り合えると信じて疑わなかったが、毎晩見られた(しかも、カーテン状、帯状、森林のような形のものなど毎晩姿を変えてくれた)のは本当に幸運だったと思う。最後の晩のオーロラは、西の空で、東の空で、北で南で(要するに四方八方大パノラマ展開、視界360度すべてオーロラ)、気ままに姿を変えた。どの方角を向いても神々しい光があった――人を包むような優しさと人の汚れを洗浄するような厳しさを同時に持って――
さあ、次の願いは何にしよう。アフリカのサバンナ、北極圏に浮かぶ流氷、チベットのポタラ宮殿、西アフリカのマーケットでカラフルな民族衣装に身を包む女性たち…。願いは尽きない。
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