第11章
〜J家のマナーレッスン〜
「お口に合わなかったかしら……」
とても悲しげに、ウエイトレスが尋ねた。
「おいしかったわ。でもおなかがいっぱいになっちゃって……」
「まだ子供なんだ。そんなに食べられないんだよ」
Jが取り繕った。彼は私と1歳しか違わない。
そう、と笑顔を取り戻したウエイトレスが皿をさげた。彼女はあでやかな民族衣装に身を包んでいる。この村では、誰もが日常的に民族衣装をまとっている。彼女もその例外ではなかった。
「子供なんて失礼ね。あのウエイトレスと比べたって、大して変わらないはずよ」
私はJをなじった。
「仕方ないだろう。こんな大田舎であんなにたくさん残したら、他にどんな言い訳を思いつく?」
あんなにたくさん、と言われるほど残した覚えはない。
「言われるほど残していないわよ。毎回一生懸命食べているんだから。日本を発ってから5キロも太ったのよ」
「5キロも太ってその体型なら、やっぱり子供だ」
Jは笑っている。私は口を尖らす。彼の両親が、まあまあ、仲良くしなさいよ、と微笑みかけた。
私がまだ10代の後半だった頃、Jと彼の両親の4人でオーストリアを旅したことがある。と、言うと聞こえはいいが、実際はJの両親が無邪気に恋人ごっこを楽しんでいる未成年の息子とその女友達を旅行に連れだしてくれた、と言うところである。
オーストリアのどこだったのか、今となっては思い出せないのだが、ザルツブルクからそんなに遠くはなかったと思う。コップルという村で何泊かしたことを覚えている。辺り一面の草原には高山植物が咲き乱れ、教会の鐘の音が時刻を知らせてくれる、そんな村だった。コップルからしばらく車を走らせたところにそのレストランはあった。夕刻前だったせいか、客らしい客はいなかった。Jと私のなじり合いと彼の両親の仲裁の他は遠くで食器の音がするくらいだった。
この旅を通して、私はヨーロッパ文化の多くを学んだように思う。伝統を大切にするJと彼の両親からは、テーブルマナーや立ち居振るまいを仕込まれた。10代の日本娘がナイフとフォークで骨付きのお肉を食べられるようになったのも、ゆで卵の食べ方やバナナをフォークとナイフで食べる方法を知ったのも彼らのおかげだった(女性は荷物を持たないこと、建物のドアはもちろん車のドアも開けないこと、雨の中男性がずぶ濡れになって女性のために何かをしてくれるのなら、堂々と待っていればよいことを学んだのも彼らのおかげだった。えっ、日本では通用しない?)。
村のウエイトレスの悲しげな表情のおかげで、私はまた一つ学ぶことになった。
Jが言う。残すなら、その一品に手をつけるな、と。
「例えば、お肉がメインの皿にニンジンと豆類がのっていたとする。そのほかには、パンとスープとサラダが出たとする・・・・・・」
それって、まるっきり私のオーダーじゃない。私は彼を睨む。
「全部食べられそうにないなら、例えばニンジンとサラダを諦めるんだ。野菜は苦手だから食べられない、と言うことになるだろう。全部に少しずつ手をつけて食べ切らないのはよくないんだ。特にこういう片田舎では。まずかったから食べなかった、ととられても仕方ないさ」
なるほど、私は頷いた。
早速Jのアドバイスに従うことにした。
Jのアドバイスに従って、手をつけたものは必ず平らげるようにしたものだから(せっかくの異国のお料理ですもの、手をつけないなんてもったいない!)、体重の増加はさらに加速し、胃袋は三倍に膨らんだ。
胃袋は大人サイズでも、私の体はいまだに子供サイズである。
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