英会話(名古屋・金山) BRIDGE - Discovery(8章)


Discovery

序章 第1章 第2章 第3章 第4章 第5章 第6章 第7章 第8章 第9章 第10章 第11章 第12章
第8章   〜若返りの秘薬〜
〜〜どこまでも続く地平線  
気ままにそよぐ夏の風
沈む太陽が、私の心を染めあげる

満天に輝く真砂の星
  願いを込めたら、流星になった〜〜

ほぼ1年おきに、BRIDGEの夏のイベントして、カナダの農場を訪れている。これまでの参加者の声を集めると、人生観がかわった、自分がちっぽけな人間に思えてきた、という類いのものが多い。バンクーバーから飛行機を乗り継いで3時間、さらに車に2時間揺られて、各農場に着く。日本人など1人もいない村で、各ホストファミリーと過ごす1週間。日本ではおよそ目にしないものを目の当たりにする毎日。しかも、日本語は一切通じない。何も感じずに過ごせる訳がない。感動の連続なのだ。

私自身、初めて訪れたときは、驚きの毎日を過ごした。まず、どこまでいっても敷地内なのだ。刈り取りがすんだばかりの麦畑を車で、ズズーンと進む。道などどこにもない。ハンドルをとられながら、ぼこぼこの地面をただひたすら突き進む。小川が流れていたり、沼地に出会ったりもする。適当に車を停めて、あたりを散策する。野生のベリーをつまんで食べる。ラズベリー、ブルーベリー、ピンチェリー、ブラックベリー……。新鮮な、しかし、生ぬるい果汁が口いっぱいに広がる。ジャムにして日本に持って帰ろう、そんなことを閃いたりする。地面に横たわって青空を眺めていると、ここで眠ってしまおうか、とさえ思う。日本で生活しているときには決して味わうことのなかった、雄大な気分。何もない状態がこんなにも心地よいことを、そのとき初めて知った。休暇だから当然仕事はない、電話もかかってこない、人と出くわすこともない。私は、目にするもの、耳にするもの、肌に触れるもの、心に響くもの、自然のすべてを独り占めしたような、幸福感に包まれた。不思議なことに、日本では地図と標識に頼るばかりの私だが、野生の勘が働きだすのか、道がなくともだいたいの方角がわかるようになる。太陽の位置がそれを教えてくれるのだ。森も、林も、繁みですらないのだから、勘を発達させるよりないのかもしれない。 また、時計など持たなくても、太陽の位置で大雑把な時間がわかるようになるから、不思議としか言いようがない。

ある夏、「西の方で火事がおこったらしい」との情報に、ホストファミリーと西を目指した。しかし、行けども行けども火事には出くわさない。遥か彼方で、炎と煙があがっているのをやっと確認した頃には、(日本人的感覚で表現するなら)かなり遠くへ来ていた。さらに近づいてみると、炎が数キロメートルにわたって、畑を燃やしていることがわかる。民家も家畜もないので、その辺は呑気なものである。「時間がかかるだろうなぁ。さぁ、帰ろうか」ホストファーザーが言った。
彼らの距離の感覚には、何度も驚かされた。
「ネイバー(neighbor/近所)の家まで行くから」と一緒に出かけてみると、20キロも離れていたりする。

「今日は、郵便物を取りに町に出掛けるけれど、一緒に来る?」と声を掛けられ、はっとしたこともあった。住所がないから、自分達で街の郵便局まで取りに行かなければならないのだ。砂利道を抜け、舗装された道路に出て、線路を越え…、20キロ先の家を近所と呼ぶくらいだから、当然のことながら遠い。「馬に乗ってみる?」と誘われ、喜び勇んで出掛けてみると、鞍のない馬が待っていたこともあった。

「バッファローを見たい?」とバッファロー牧場へ連れていってもらったこともある。牧場では、200頭を裕に超えるバッファローの唸り声に出迎えられた。「危ないから、絶対に窓を開けちゃだめよ」と念押しされ、ホストマザーの運転で、道なき牧場内を遊覧する。車を停めると、バッファローが近づいてくる。窓に顔を擦りつけるバッファローもいる。突進してくるものもいる。「サファリ・ツアーみたい!」と童心にかえって喜んでしまう自分に気づく。
農場滞在は、5歳は確実に若返ってしまうのである。
農場滞在中は、驚きの連続である。


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