第2章
〜聖夜の奇跡〜
旅は気まぐれに、普段の生活からは考えられないような、素敵な奇跡を見せつける。ドイツが最もドイツらしくなるクリスマスイヴの夜、私は背中に羽のはえた天使を見たような気ですらするのだ。
もみの木を飾る習慣は、ドイツで生まれた。クリスマスが近づくと、あちこちから大量のもみの木が街に運ばれてくる。誰もが、大きく立派なもみの木を家のリビングに飾ろうと、厳しい目で木を選ぶ。各家の窓辺はポインセチアやキャンドル、電飾などできれいに飾られ、庭木には見事な電飾が施される。程度の差こそあれ、飾りのない窓を見つけるのが困難なほど、どこの家庭も装飾に気を遣う。この時期に何軒かの家を訪問したことがあるが、家に一歩踏み入ると、新鮮なもみの木の香りが森林にいることを錯覚させ、香りとともに何とも言えない幸福感に包まれる。
1993年の冬、私は一組のカップルとクリスマスを過ごした。ヨークは私の10数年来の友人で、イヴォンとはヨークと知り合って数年後、彼に連れられて出かけたダンスパーティで知り合った。ヨークが私を放ったらかしにして友人と語り合っている間に、近くにたまたま腰を下ろした、美しい金髪の女性がイヴォンである。偶然にも日本に憧れていたイヴォンとドイツ好きの私は、すぐに意気投合し、私たちは彼女のボーイフレンドとヨークのことをすっかり忘れて夢中で語り合った。
ヨークとイヴォンは、どこをどう間違えたのか、その半年後に交際を始めた。私はヨークがイヴォンに気があることを手紙を通して知り、イヴォンがボーイフレンドと別れたこと、ヨークの誠実さに惹かれ、彼に思いを伝えるべきか悩んでいることを、やはり手紙を通して知った。私はイヴォンに、気持ちを伝えるべきだ、と手紙で即答したことを覚えている。二人はあれよあれよという間に一緒に暮らし始め、以来私はしばらくの間、一つの住所に別々の封筒で手紙を送る羽目になった。
彼らが同棲を始めて5年目のクリスマス、当時の仕事を休職してドイツに留学していた私は二人に招かれ、彼らとともに休暇を過ごした。天井に届かんばかりのもみの木は純白のデコレーションに身を包み、その足元には大小様々なカラフルな包みを並べている。テーブルには、どこの家庭もそうであるように、クッキーやチョコレートが並べられていた。彼らは毎日のように友人や家族を招き、また招かれもした。「足」のない私はどこへ行くにも彼らと一緒だった。
そしてクリスマスイヴの夜、私はいつものように二人に連れられて、近くの教会に出向いた。片田舎の小さな教会はすっぽりと雪に覆われ、何千本というロウソクの灯りを小さな窓から漏らしていた。何とも幻想的なその様に、私は言葉を失い立ちつくした。
教会の中はすでに厳粛な雰囲気に包まれていた。私たちは祭壇へ向かう、真中の通路を前へ進み、適当なところを右に折れ、静かに腰をおろした。いつものことだが、ヨークとイヴォンは私を真中に挟む。きっと、私が取り残されたと感じないように気を遣っているのだろう。
もともとモーツァルトのオペラに感動し、ドイツ語に興味をもった私である。聖歌隊の歌声に心を揺さぶられ、参列者の大合唱に酔いしれ、もはやここは別世界だと錯覚した頃、私はその奇跡を目の当たりにした。
ヨークとイヴォンが、私の目の前、正確には私の両膝の上方で指輪を交換したのだ。一瞬何が起こったのか把握できなかった。しかし彼らが5年の共同生活の末、婚約したことを悟るのに、さほど時間はかからなかった。
「サチコ、僕たちは君が縁で知り合った。そして君の前で婚約の誓いを立てた。これからも、ずっと僕たちを見守って欲しい」
私は感激のあまり、言葉が出なかった。言葉の替わりに溢れたのは、喜びの涙だった。
残念ながら、私はどうしても仕事の都合がつかず、2年後の彼らの結婚指揮に参列できなかったが、彼らとは今でも深い友情で結ばれている。そして、毎年クリスマスになると、どこの国にいても彼らのことを思い出す。
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